真田昌幸といふ者

真田昌幸つい最近、昌幸という名前の人物に出会った。その名前からピンときた、もしかして真田昌幸から名前を貰ったのかと聞くと、その人物が驚いていた。

人生で当てられたことは3回目だという。
昌幸といえば天下の謀将の1人である。

様々な大名の元を歩きながらも、徳川家康を2度退け、己の城を築いたまさに天下に真田有りと示した信繁の父であり、名将である。

小生も昌幸の伝記や甲陽軍鑑などはよく読んだものである。真田家自体にとても優秀な人物が多く、父幸隆、兄弟信綱、昌輝、子信之、信繁どれも有名な将達ばかりである。

歴史というものはとても面白い。
今日は歴史本でも読んで世を明かそうか。

 

事を謀るは人にあり、事を成すは天にあり

『事を謀るは人にあり、事を成すは天にあり』

言わずと知れた諸葛亮孔明の言葉である。
小生は初めてこの言葉を聞いた時に、これは孔明にしか言えない言葉だと思ったのである。

事象が成すかどうかを天まで委ねることができるのであれば、
それは人智を超えて、完璧なまでの策略が張り巡らされているからである。

しかし、この言葉は嘆きの言葉である。
この言葉を吐くほど、計画した事が上手く行かなければ、この時の孔明はどれほど悔しかっただろうか。

諸葛亮孔明は今でも人気な軍師であるが、実際諸説は有り、実は政治だけしか出来ない男だったとか、
軍略は法正達に劣っていたなど様々な説があるが、横山光輝が書いているような完璧な孔明に
みんな憧れているのでは無かろうか。

ただ、実際の諸葛亮孔明は本当に主君に仕える忠臣であり、彼が書いた出師の表は、
誰もが涙すると言われるほどの、孔明の忠義、礼節が詰まった名文であると言われている。

是非、死後の世界に行ったら孔明に弟子入りしたいものである。

出師の表

創作に耽る時に・・・

大好きな宮沢賢治の本を読んでいる時間はとても楽しい一時ではあるが、
最近は小生の老人ボケ対策として、詩を創作することを始めている。

さすがにブログに小生のつたない詩を掲載して皆様に御迷惑をお掛けすることはできないが、
今はとても詩を作ることが楽しいと思える。

ただ、作成するまではあまり考えたことがなかったが、
詩のアイデアというものは意外と机に向かって真剣に考えても出ないものである。

公園のベンチに座っている時や、電車に乗っている時という日常生活を送ってる時である。
何とも不思議な事態だが人間というものはリラックスして居る時が一番力を出せるものかもしれない。

最近の私の一番のお気に入りは、家の近くの河川敷を愛用の自転車で滑走することである。
風に舞っている草木の香りを感じながら、頭に言葉を張り巡らせると、
不思議と言の葉がどんどん繋がっていく。

今はまだ冬に入る前なので昼は温かいし、河川敷を散歩するのはとても良い時期だ。
ただ、最近は自転車による事故も少ない無いので、それだけは気をつけて欲しい。

小生は念のため自転車保険に加入している。
もし、サイクリングや日常的に乗っている人にはおすすめしたい。

参考サイト
自転車保険.com

http://www.eddiebcyclingworld.com/

宮沢賢治の生地について

宮沢賢治は岩手県に生まれたそうだ。
岩手県といえば近年、平泉が世界遺産登録されたことで有名である。
かの源義経が幼少時代に過ごしたことでも有名だ。
実は小生も近々訪れようと計画している。

その平泉からまっすぐ北に向かった先に宮沢賢治の生誕の地がある。
岩手県稗貫郡里川口村(のちの行政区再編により花巻川口町、花巻町を経て、現花巻市)。
現在は北上市の北にある花巻市である。


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宮沢賢治は1896年(明治29年)8月27日、質・古着商を営む宮澤政次郎(1874年 – 1957年)とイチ(1877年 – 1963年)の長男として生まれたそうだ。亡くなったのは1933年9月21日。
つまり37歳という若さで彼は亡くなったのだ。
その短期間に残したものは実に素晴らしい。

小生も岩手に行った際は宮沢賢治を訪ねて遊行しようと思っている。
岩手で宮沢賢治を訪ねるとはなんと楽しみなものか。

宮沢賢治 - 雨にも負けず

宮沢賢治の代表作でもある雨にも負けず。

死んだ後にメモという状態で発見された詩である。
小生が大好きな詩の一つだ。一般的にも知っている方は多いのでは無いだろうか。

孫によると学校の教科書にも出てくるそうだ。
死んだあとに黒い手帳に書かれていた一節の詩が学問の対象となるまで、
発展するとは如何に不思議な事であろうか。

ここに雨にも負けずを綴りたい。

 

雨にも負けず - 宮沢賢治

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ※(「「蔭」の「陰のつくり」に代えて「人がしら/髟のへん」、第4水準2-86-78)
小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

南無無辺行菩薩
南無上行菩薩
南無多宝如来
南無妙法蓮華経
南無釈迦牟尼仏
南無浄行菩薩
南無安立行菩薩

Randall Horton

Randall Hortonの画像小生は宮沢賢治が好きだが、アメリカの大学教授で詩人である
『Randall Horton』の詩も非常に好きだ。
教授で詩人とは何とも多才な人物だと小生は思うのである。

何故突然書いたかというと、先日押入れを整理していたらたまたま
Randall Hortonの詩集が出てきたからである(笑)

彼の詩は改めて紹介しようと思うが、
今回は小生の近況を込めて大好きな宮沢賢治のこの詩を紹介したい。

 

恋と情熱(宮沢賢治)

けふはぼくのたましひは疾み

(からす)さへ正視ができない

あいつはちやうどいまごろから

つめたい青銅(ブロンヅ)の病室で

透明薔薇(ばら)の火に燃される

ほんたうに、けれども妹よ

けふはぼくもあんまりひどいから

やなぎの花もとらない

 

みなさんはどう解釈するでしょうか?

さて、そんな折、ここで紹介するのは失礼だか、私の孫が4月より看護師となりました。
あんなに小さかった孫が大きくなって人を助ける仕事につくのを誇りに思います。

既に病院で働いており、充実した毎日を送っているとか。
この機会にと思い、看護師の仕事について色々調べてみたが、
最近は看護師の仕事も多様性があるらしく、病院だけでなく様々な職種があるようだ。
参考サイト:看護師求人比較ランキング  http://xn--tckuez55h8se7zomsufir8k1b.biz/

そういえば孫も保健師を取ったと言っていた覚えがある。
何はともあれ、小生の様な老い先が短い人間にとっては、
いつまでも孫が幸せでいてくれたらそれで良いと切に願うものである。

宮沢賢治の処女作

宮沢賢治の処女作の詩の一つ。処女作とは言えど、何と深みがあることか。
『春と修羅』冒頭だが非常に趣きのある詩だ。
このブログでは、私の好きな詩を掲載していきたいと思う。

屈折率

七つ森のこつちのひとつが

水の中よりもつと明るく

そしてたいへん巨きいのに

わたくしはでこぼこ凍つたみちをふみ

このでこぼこの雪をふみ

向ふの縮れた亜鉛(あえん)の雲へ

陰気な郵便脚夫(きやくふ)のやうに

  (またアラツディン、洋燈(ラムプ)とり)

急がなければならないのか